【日記】9/15 効果的なプレゼンの仕方

大きな会議の初めにHSE(Health Safty Enveronment)に関する話題を提供する場があり、せっかくなので瞑想についてプレゼンした。

結構ネタも入れ(脳波計を通販番組っぽく)発表したら割とウケた印象だった。

質問も結構飛んできて個人的にも満足した結果だった。

 

その次に、まじめに予算のプレゼンをしたらあまり質問もこなく、本当に話の内容が伝わったのか疑問の残る結果だった。

 

もちろん、フリートークとまじめな仕事の話であれば聞いてる方の楽しさも変わってくるかなと思ったけど、『発表者が楽しくなさそうに発表するから伝染した』可能性もあると思い始めた。

これは、歌手が思いを伝えるときに自分の感情を乗せる技術と同じなのかなと思った。

(楽しい歌は楽しく歌い、悲しい歌は悲しく歌う)

 

予算の話は自信がなく、ずっとパソコン画面を見ながら、同じような声のトーンで発表してしまった。

いくつか議論したい部分、自分が力の入れたスライドがあり、楽しく発表できそうだったが、結局終始自信がなさそうにしゃべってしまった。

きっとそれが聴衆にも伝染したのだろう。

 

瞑想の話は自信があって、ウケる気もしてたから堂々としゃべれたし、結構聴衆も見れた。

 

分かりやすく伝えることは当然として、そこに感情(楽しさ)を乗せることで惹きつけるプレゼンになるのではないかと思わされる一日だった.

 

【日記】9/6 夢の終わり

絢爛とした光に包まれたパレードが一瞬にして漆黒の闇へと変わった。

また目が慣れるまでは一歩一歩怯えながら歩くしかない。

足場を刈り取る死神が目を覚ますまでは、今でも夢を見ていたい。

暗闇を見れるようになったとき、パレードを見ることはできないけれど、また新たな光を見ることができる。

もうパレードは1週した。

目を開ける。

新たな光を探すために。

 

最近アニメばかり見てたら、こういう文章が書きたくなった。

全然うまく書けないや。

作家さんはほんとすごいんだな

【日記】8/5 正解は選択した後に分かる

いつも最善の選択をしようとあらゆる情報を集めて、理論的に判断して選択肢を絞り、最も良さそうなものを選んできた。

ただ、それが本当に正解なのかは選択した後に分かること。

だから、最善の選択に近づけるために考えることは必要だけど、絶対じゃない。

むしろ、選択した後に『その選択を最善に仕上げる』ことが大切。

 

思い返すと、選択した結果が失敗になりそうだったとき、それをなんとか成功に変えようと行動したことがあった。

結果的に成功になったから、その時の選択も正解になった。

正直もっと良い選択があったと思うし、側から見たら間違った選択に思えるけど、結果的に(ゴリ押しして)成功に仕立てたから、周りからは成功とみなされた気がする。

 

改めて、最善の選択を考えるより、選択した後どう成功に近づけるかに時間を割くべき、と思った。

【日記】7/30~8/5 海外で学んだこと

会社の海外出張で7/31~8/5の間、カナダとアメリカへ行ってきた。

そこで感じたことを箇条書きに

 

●外国人について

・適当、自分のバックグラウンドを話すだけ、定時に帰る、家族を大切にする、時間は有限という思想

 

●日本人について

・細かすぎ、働きすぎ、80~100%の完成に時間を使いすぎ、時間がないなら作る・効率化の思想、頑張っているが経済成長はアメリカの方が上

・頑張ってしまう理由:知識を得たい向上心?信頼を失う恐怖心?プライド?

 

●効果的だと思ったこと

・外人と会議するにはホワイトボードに書くことが大切(資料を用意してこないので)

・はぐらかされても何回も粘り強く質問する(3回くらい言わないと本気だと思ってくれない)

 

●海外に一緒に行く相手

・間違いなく気心知れた相手が望ましい、海外だと一緒に行った日本人同士で孤立市勝ち=ずっと一緒にいる=数時間や1日なら我慢できても4~5日ずっと一緒は耐えられない

海外にきて運動もしてないし、瞑想も最近してなかったからかストレス体制がかなり落ちた気がする。いつも多少の腹立つ行動なら何も感じなかったけど、5日目からはちょっとのことでもイライラが収まらない

そして、気づいたのが1日目とかで抑えられた腹立つ行動が5日目で思い出されて抑えられなくなるということ。

つまり、継続的に運動・瞑想は必要ということ(常にストレス耐性高い状態を保ってなければならない)

日本に帰って運動・瞑想します。。。

【日記】7/16 幸せって?

書きたいコラムはいくつかあって下書き保存だけしてたけど、忙しくて全然書けなかった…

 

プレゼン(6個くらい?)、現場24時間作業、予算資料作成、異動の人の引き継ぎ…etc

 

そして来週もプレゼン2つ、現場24時間作業7日間、海外出張7日間が立て続けで精神的にあんまり休めてない気がする

 

筋トレ、瞑想(最近マインドフルネス瞑想から超越〈Transcendental〉瞑想)をやってるけど、なんか気持ちが落ち着かないので最後の手段の気持ちの整理のために文章起こしをしてみる

(多分今までは奥さんに話してたから気持ちの整理ができてたけど、今は奥さんいないから独り言を言うか文章を書くしかないんだと思われる)

 

【本題】

今の人生の目標は「まず自分が幸せになって人々を幸せにする事」

 

自分が幸せを感じるのは以下のとき

⑴頭が良くなる(頭が良いと思われる)こと←勉強、知識拡大、自己啓発

多分これが自分の首を締めてて、確かに努力してうまく行けば褒められて、ドヤ顔できて気持ちいいけど、時間をかなり使わなきゃいけなかったり、遊んじゃった時は自己嫌悪になったり、精神的にダメージが来る。最近は限られた時間の中でここまでできたら及第点と思うようにしてハードルを下げて対処。今までは理想が高すぎたかも(自分の最高のパフォーマンスで休みを全て費やせば達成できるラインを目標にしてた気がする)。でも妥協は自分に負けた気がして悔しいのが本音

 

⑵歌がうまくなること←カラオケ、ボイトレ、ピアノ

仮に上手く歌えなくても、カラオケで歌うだけでかなり落ち着く。トランキライザー。ボイトレ動画見たり、ピアノで音感を鍛えたりはそこまで苦じゃなく、楽しく努力できる。今では歌を歌うことが自分のアイデンティティに思えてきた。

 

⑶予想できないことを経験すること←好奇心

先が見えた瞬間興味を失う習性がある。多分、格ゲーやポケモンで読み合いのバトルを昔からやってて、自分より強い人(予想できないことをして来る人)とのバトルが楽しかったってのが今でも残ってると思う。

 

ぱっと思いついたのがこの3つ

人を幸せにしたいってのが、だんだん綺麗事に思えてきて、本当に幸せにしたいの?自分が幸せになりたいだけ?って問われると即答できない。多分今は幸せじゃないし満たされてないからかもしれない。本当にやりたいこと自分らしいことができてないからかは分からないけど。人生は一度きりだから自分を押し殺した安定択だけじゃなく、世間体を気にしないで自分が自分でいられる思い切った選択をした方が幸せになれるのかもしれない。

 

と、センチメンタルなことをガストでドリンクバーで2時間も居座ってしまった笑

とりあえず文章書いてるうちに少し精神が安定してきたので、未来のことは極力考えず今に集中して思い悩むのはやめようと思う

【日記】5/7 人生はゲーム!

なんで仕事を心から全然楽しくないんだろうと思ってた

そりゃ辛いことばっかりだし、失敗するかもって不安ばっかりだからだけど、自分のまあまあやりたいことができる会社に入ったのになーって

 

メンタリストDaigoさんの動画を見て、自分を見つめ直してたら、ちょっときづいた

 

自分の本当に好きなことができてないからだって

 

本当に心から好きなことは、ゲームだった

小1からスーファミをやり、いつかやめるかと思いきや、27歳になった今でもゲームばっかりやってるし、ニコニコのゲーム実況ばかり見てる

 

これは心から好きなことだとはっきり分かる

 

その心から好きなゲームと仕事を結びつける、リンクさせるられれば、仕事ももっと面白くなるんじゃないかって思った

 

部長の言葉を借りれば、ロールプレイングせよ

 

つまり職に合った役割を演じろ(全うしろ)ということだと解釈してる

 

自分はそれだとちょっと責任感あってしんどくなるので(本来は責任感を持つのが当たり前だが心折れそうな時もあるので堪忍…)、ゲームしてると思って仕事してみます

 

いかに早く資料を作れるかのゲーム

いかに相手を説得できるプレゼンができるかのゲーム

失敗したって、うまくいかなかったって、武器整えてまた挑戦すればいいだけ

 

仕事してる自分は勇者になりきろう!

自分が人生の主人公なのだから

【日記】5/4 言い訳をしない

 さっき「奇跡体験アンビリーバボー」見てて、紹介されてたのが、先天性四肢欠損という障害を持ったカイル・メイナードさん 31歳についてだった。

 

生まれながらに四肢がなく、普通なら生活することが困難だと思われるが、彼はパソコン・スマホも器用に使えるし、スプーン・箸まで使え自分で何でもできていた。

 

それだけでなく、ラグビーレスリングにも挑戦して、勝利も納めていた。

練習・筋トレを着実にしていたと分かる筋肉だった。

 

そんな彼の言葉(正確には彼の父の言葉)で心に響いたのが

 

言い訳をしない

 

だった

 

五体満足で練習する、努力する環境があるのに、なんでだらだら生活していたんだろうと思ってしまった。

 

満たされすぎていたからかと思ったけど、彼との大きな違いがあった

 

彼の目標・夢の主は人のためだった

 

重症を負い目標を失った元軍人のために勇気づけたい、という思いで彼は登山の踏破を成し遂げた。

 

確かに最初の彼のレスリングで勝ちたいという気持ちはおそらく自分のためが主だったと思うが、もっと大きなことを成し遂げようとすると、たぶん人のためじゃないと動けないんだと思う

 

普段家が汚いのに、好きな人が自分の家に来るとなったら必死に片づけるみたいに笑

 

人に見てほしい、人を勇気づけたい、人に誇りたい、人に勝ちたい、とか相手がいた場合能力以上の力が発揮されるのかもしれない

 

過去に自分でも思い当たる節があるし、自分のためだけだったら別に何もしなくてもいいやって思えちゃってモチベーションが上がらない気もする

 

とりあえずちゃんとした人のための目標が見つからないけど、今は

 

部門内でTOEICで1位になること

 

を目標に頑張りますかぁ

見返すためにも!

 

少し心が落ち着いた気がした

ありがとうカイルさん

 

I will make no excuse.

 

Cf. 奇跡体験!アンビリバボー:両手両足を持たない男の挑戦 - フジテレビ